
My First 'cuda383
バーのネオンが街を照らしている六本木、赤坂。
その大人の街の土曜日の夜中にV8のエンジンサウンドが轟いていた。
時代は高級車として輸入だれたセコハンのアメ車たちが、若者の手に届く金額で買えた頃だった。
もちろん良いとこのお坊ちゃんは新車のトランザムやコルヴェットを乗っていたが、俺たちのような貧乏人はやっとの思いで中古車を探し出して24回払いのローンでの購入だった。
憧れたのは396カマロ、455トランザム、429マスタング、チャレンジャーR/T383などのBig Blockパワーの虜になった。
街を行く姿、信号待ちの奴らは、僕にとってはあまりにもカッコ良すぎた。
個性の強い輩が、よりアクのある車を求めたものだが、当時はディーラーが入れたモデルのみしか市場になかった時代。
予算の問題もあり、ひ弱なエンジンのモデルを仕方なく買うしかない奴らも多くいたが、とにかく夜の街はそのCubic Inchの大きさの見せびらかし合いのば場、トランザムの455などはさぞかし偉そうに転がしていた。
通な奴らはChevelleやGTOなどを走らせていたが、かなりの少数派であったことは間違いなかったのだが、僕にはIntermidateのサイズのこの手がやたらと気になったものだった。
大胆なボディーデザインに派手なストライプ、フードに盛り上がっているエアーインテークはその迫力を演出、こんな魅力に俺には国産の2ドアモデルなどまったく興味は沸かなかった。
10万円そこそこの月給にも関わらず、すべを車に費やした。というよりとんでもなく高額な自動車税や車検の費用がかさんだのだ。
今では知らない人も多いと思うが、当時は登録後10年を過ぎると車検は毎年受けなければいけなかった。まぁそれが故に中古車市場の値段も10年を越えると、今では考えられないぐらい
安いもので取り扱われていた時代だった。
実は自動車税も今とは違う取り扱いだったことを思いだす。
ホイールベースで分かれていて、キャディラックやコンティネンタルなどのフルサイズは14万5千円、7.5リッターのトランザムは8万円ほどであった。
さて、四半世紀ほど前に若いアメ車好きが街にあふれていた頃の話を紐解いていくことにしよう。、
posted by IWONNHRA at 15:07|
アメリカ大陸横断1/4マイル
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